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旬刊わかる合気・できる合気術

51歳から始めた合気柔術の修行の様子、技の進歩、停滞、試行錯誤、考察を書き連ねていきます。

合気と気功の関係は?その② 気功の理論 ID:vyhf0s

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気功の理論入門

 気功のバッグボーンになっているのが陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)です。

 

 太極拳八卦掌(はっけしょう)などの中国武術、また、道教中国医学などの幅広い領域の共通基盤も陰陽五行思想からできているのです。

陰陽五行思想においては、「気」が根本原理です。全ての存在は気からできています。物質もそうですし、生命については気が集まることで生、気が散ずることで死といいます。

存在物は表面的に気の集合離散によってその様態を変えますが、気自体は増えも減りもしないのです。また、気は体内において経絡(けいらく)という通路を流れており、この流れが滞ると病になり、スムーズだと健康を維持できると考えられています。

 

 不思議ですね。この思想においては同じ一つの気という材料が物質を作り、生物を作り、また、それらの中を流れるエネルギーでもあるというのですから。もっとも、炭素や水素や鉄などの元素を考えてみれば、それらから物質も生命もできていて、元素自体がエネルギーを持つという点で言えば、現代物理学から見てもいい線いっているのかもしれません。とはいえ、気の思想は近代科学の要素還元主義とは対極にあるものです。部分あるいはより小さいものに分析して物事を極めようとするのではなく、全体を見る、バランスでみるという事が気の思想の肝心なところです

 

      気は独特の生成原理をもっています。下に示した太極図がそれです。

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もともとは、何もない状態(無極)から上の図ように2つの極である陰・陽が生じます。

上の円の左下からわずかな陽が生じます。左上に行くにしたがい陽が増えていき、円の中心より上は陽が優勢です。しかし、陽がすべてを覆いつくしはせず、陽の中心に陰が生じます。

そして、右上から次第に陰が下に向かって、増えていき、陰がもっとも優勢になった時、その中心に陽が生じます。陰陽いずれかがすべてを覆い尽くすことはないのです。

いずれかがが覆いつくすように見えた時、その中に逆のものが生じます。この生成の原理は、季節の移り変わりや、月の満ち欠け、潮の満ち引きと同じような循環のリズムです。というより、そういった自然現象から、太極図のような説明原理を考えだしたという方が実状なのかもしれません。私たちも「冬来たりなば春遠からじ」とよく言います。

太極拳をやっている人なら、この、陰陽2極の循環のリズムが虚実の移り変わりや開合という動作の中でよく体感できるかもしれません。もちろん太極拳は武術なのですが、一方で、宇宙の生成あるいは自然のリズムを表現するダンスであるとも言えそうです。太極というのは結局、陰陽の気のことですから、太極拳は「気の武術」というほどの意味です。そして、「気の武術」は気のエクササイズ、すなわち「気功」でもあるのです。

 

 この陰と陽という2つの要素は、どちらが良くてどちらが悪いというものではありません。正義と悪のように正義が悪を駆逐してしまえば歴史が終了すると言った類の2元論ではないのです。あくまで、陰・陽のこの2つの極が揃ってはじめて総ての存在物は存在しえるのです。どちらかが優勢ということを繰り返しながらも、全体として陰・陽の2つがバランスしていることが良好な状態とみなされるのです。  

 

 気功は身体にこの陰・陽のバランスをもたらして、あるいは、自然のリズムを取り戻して健康を得ようとする養生法です。陰陽のバランスを求めて、自然のリズムを取り戻すために導引・吐納・存思を行うのです。

「自然のリズムを取り戻す」、これを古代中国、3000年前の中国人が考えていたというのは面白いことです。このことを逆に言えばその時代の中国はすでに自然ではなかった、つまり、人為であり、文明であったということです。あまりにも人工的、文明的に暮らしていて、心身の調子を崩すからこそ、自然に戻ろうということを発想するわけです。

 事実、気功の中には、動物を真似る・農民を真似る・漁民を真似るという動きがあります。農民や漁民が、農民や漁民を真似て健康を取り戻そうとは考えないわけで、こういう発想をするのは、都会人、しかも体を動かさない文官や思想家だろうと推察されます。

 

気の奥義チラ見

さて、お待たせしました。内丹について説明します。内丹とは“丹田”と呼ばれるエネルギーセンターを、身体の中に作り出そうというものです。

つまり、宇宙を生み出す、自然のリズムを作り出す太極そのもの(陰陽原理)を修業によって身体の中に装置として備えようという大変に野心的なものです。

いってみれば、身体の中に宇宙を備えている、永久機関を備えているわけですから、これは超人なわけです。自らが人間ながら、小さな宇宙となるのです。これを天人合一(てんじんごういつ)と呼びます。具体的なやり方については聞かないでください。わたしは知りません。おそらく、小周天や大周天と呼ばれる、周天功が関係していると思います。それと、存思もおそらく内たんに関わっているでしょう。周天功はおそらくインドのクンダリーニヨガにその源を発しているだろうと私は推測しています。

 

 古代インドのウパニシャド哲学もよく似たことを言います。宇宙の原理であるブラフマンと自我の原理であるアートマンが同一のものである、すなわち梵我一如を悟ることが解脱だといいます。これは、瞑想によって体内を循環するエネルギーであるプラーナを活性化させることによって得られるのですから、内丹(仙道)とほぼ同じ事です。

インドは中国に様々な影響を与えていますから、この二つの方法の関連性がないと考える方が不自然にも思えます。

 

 また、中世ヨーロッパの錬金術にも非常に似た発想を見ることができます。錬金術師が求めているのは「賢者の石」と呼ばれるものです。これを見出せば人間は不老不死になることができるのです。内丹は錬丹術と呼ばれます。つまり、丹を「賢者の石」と考えることが出来ますので、錬金術と内丹も本当によく似ています。これが、インドから伝播したものなのか、ユングの言うような元型的なものなのか。興味の尽きないところです。

 

次回はなぜ私が気功を20年続けてきたのかについてお話したいと思います。

それでは皆様、お元気で!

May the Force be with you!

※2017年1月30日更新予定です。