旬刊わかる合気・できる合気術

51歳から始めた合気柔術の修行の様子、技の進歩、停滞、試行錯誤、考察を書き連ねていきます。

川津康弘老師は武術博士

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合気柔術の鈴木信幸先生、やわらぎ道の石森義夫先生に続く私の第3の師匠は川津康弘氏です。

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合気の師匠方のお陰で、私は51歳という年齢の割には、というより、標準よりかなり速いスピードで上達しているようです。けれども、お二人の師匠の道場やお人柄になじんでしまうことによって、技が道場だけでしか通用しないものになってはいないかと心配もしています。自分の技が全くの第3者にも通用するのか、自分が思っているような進歩を遂げているのかを確かめるために、二ヶ月に一回のタームで川津先生にも師匠となっていただきました。

川津先生は中国武術の先生です。合気をやっている私がなぜ中国武術の老師(ろうし:中国語で先生のことです)を師匠としているかの理由は3つあります。
 
1.本当に使える武術家であること
2.身体操作を言語化できる方であること
3.合気等の日本武術の心得もある方であること
 
理由について詳しく説明する前に、まずは川津先生のご経歴を紹介します。
 
・16歳より民間に伝わる螳螂拳(とうろうけん)を学び、20代前半より指導に携わる。

・同時期より日本の武道にも触れる機会を得て合気への憧れを持ち、今も探究中。

・20代半ばより中国杭州での研修において呉式太極拳心意六合拳等をそれぞれ伝人である老師方より学んでおり、現在も研鑽中。

西安留学中(05年~09年)に民間武術家より陳式太極拳の個人指導を受け、現在日本で指導を行っている。

・20代後半、気功と出会い、緩みや脱力による中心軸への絶対的信頼が全身の連動、大きな勁(チカラ)を生み出すことを体感するようになる。以来、立ち方(站椿功・立禅)・歩き方(歩法)・全身の繋げ方などの指導に注力し始める。

・武術の成長のため、大学で中国文学を、大学院では東洋思想を専攻し、老荘思想や禅などを中心に研究。08年中国西安にて博士学位を取得。

 

 「1.本当に使える武術家であること」について

 太極拳において使える武術家であるとはどういうことか。
 
 日本で最も普及している太極拳は健康太極拳でしょう。コミュニティセンターやカルチャーセンターで主に中高年以上の方が、健康増進、老化防止のために励んでいらっしゃいます。目的が、健康増進ですから、「太極拳は武術である」という事の本質は置き去りにされているわけです。コミュニティーセンターで太極拳をやっているおじいちゃんが凄い達人だというような事はまずない話です。あれば、夢がありますが。
 
 次に盛んになってきたのは、表演系(ひょうえんけい)です。太極拳には套路(とうろ)と呼ばれる空手で言うところの型があります。この正確さ美しさを競います。この分野の日本の進歩はめざましく、アジア大会で本場中国を抑えて優勝するほどです。とは言え、型の意味を理解して、戦いの中での使い方に充分習熟しなければ、武術としては成立しません。型の使い方が伝わっていない時代には、套路をやっていれば自然に強くなると主張する師範もいらっしゃたそうです。健康太極拳にあわせたよびかたをするなら、表演はスポーツ太極拳(あるいは競技太極拳)と呼べるでしょう。
註)少しややこしいことに、日本におけるスポーツ太極拳の団体は「日本武術太極拳連盟」という名前です。もちろん、本当に使える競技者もいらっしゃいます。
 
    では、太極拳が武術になるためには何が必要でしょう。型を実践で使えるようにすることでしょうか?ええ、それはそうです。そこまでは空手も同じです。太極拳を他の武術から決定的に分けるのは「勁(けい)」と呼ばれる力です。日本でも太極拳が紹介された頃から、「発勁(はっけい)」という事はよく言われていたのですが、それが、気の力を用いると言われたために、何か神秘的な力のように誤解されていました勁は神秘的な力ではなく、独特の身体の緩みと身体操作によってうみだされ、受けた相手に独特の衝撃や、圧力、浸透感を与える力のことです。
 まとめますと「太極拳において武術家であるとは、套路の実践的意味を理解し使用でき、勁を自在に使いこなせること」と言えるでしょう。川津先生は、本年度初開催された日本競技推手(すいしゅ)大会の中量級チャンピオンです。
 
「2.身体操作を言語化できる方であること 」について
 少し前まで、武術の稽古というのは見取稽古が中心でした。つまり、体の動かし方を師範が事細かに説明したりせず、体の動きを真似させるだけです。現代中国でも同じで説明がありません。ひたすら老師の動きをよく見て真似するだけです。川津先生は日本で多くの生徒さんに伝える実践の中で、自分がどういう動きをしているのかを細かく分析し、どういう言葉使えば伝わるかを学んでこられたわけです。
 
日本の武術界もかつてと比べれば、積極的に教えようという姿勢になってきました。とはいえ、技が高度になればなるほど、それを分析し、言語化するというのは困難な作業です。そのために、いまだに、雰囲気で伝える、あるいは「腰で動く」「動きが丹田から始まる」などという具体的にはどういう事だかわからないまま伝えられるという事が多くあります。そこを、できるだけ普通の言葉で伝えられるよう、多くの人々が気や勁を身につけられるよう努力しているのが、川津先生なのです。
 
 合気柔術は、教える人ごと、その人の合気があると言われるほど、理論だっていないものなのです。私はその状況を変えようと思います。そこには神秘的なものは何もなくて、動きこそ精妙であるけれど、全て運動生理学的に説明の出来ることだとの見通しをもっています。私はそれを解明して、誰にでもできる合気を確立したいのです。その為には、が使えて、科学的にも気功的にも知見の豊富な川津先生より適任者はいないと思うのです。
 
 また、中国武術では、姿勢への要求が高いため、師匠は相手の動きを見ればどこをどう直せば技が決まるようになるかを見て取って、その場で修正することができる人なのです。師匠は技というものは、できないことを時間をかけて出来るようにするものではない、瞬時にできるのだと、すごいことを言う人です。その言葉通り、私の合気での苦手な技を瞬時に修正してくれました。次回はその時のことについて書きます。
 
you-tubeに川津先生の動画がたくさんあります。一つ一つが、とても参考になるものばかりです。