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旬刊わかる合気・できる合気術

51歳から始めた合気柔術の修行の様子、技の進歩、停滞、試行錯誤、考察を書き連ねていきます。

合気を、なぜ習う。

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気功の世界にいた私にとって、合気を習う動機は以下のものである。

 
⚫︎合気と気功の関係を見極めたい。
⚫︎気功でのリラックスはある程度できるようになった。それを日常的なものとしたい。それならば、人に技をかけるという極端な場面でもリラックスしていなければいけない合気柔術が最適だろう。
⚫︎なんとなくで伝えられているように思える合気というものをできるだけ言語化して伝えられるように、様々に言われているものを試してよりよい表現を見つけていきたい。
⚫︎以上が実現できれば対人関係で悩む人々の何らかの助けになることができるだろう。
 
あっ、大事な動機忘れてた。不思議大好き武術オタクだから、こんな不思議なこと出来たら面白いじやない!という事。
 
 
塩田剛三先生のかっこいい姿。どんなビデオを見てもご自分の技を合気として教えていらっしゃる様子がない。
 
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気功と精神障害と筋トレと

 

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私が妻の導きで気功に出会ったのが1992年の冬。そして、妻の導きで精神障害者福祉の道にはいったのが1993年の4月である。すぐに考えたのは、というより妄想したといった方がいいけれど、気功の修行を続けていけば精神障害、主に統合失調症の正体がつかめるのではないかということだった。そして、それを症状の改善につなげることができないかということである。 

 
    当時の気功ブームを支える方々が精神科デイケアでプログラムとして指導していらしたのは聞いていたのだか、それが長期の研究としてまとめられたのかどうか、不勉強にして知らない。ある合宿で加藤清先生に「統合失調症とはなんですか?」と尋ねた。先生は患者が描いたバウムテストを示して下さった。それは、枝や根が委縮した樹木を描いたものだった。「天地のエネルギーを取り入れたいのだが取り入れる事ができない状態」なのだと先生が解説して下さった。
 
    私が江戸川区で月に一度程度、精神障害の方々と気功をした体験から言えば、状態のある程度落ち着いた方であれば充分に気持ち良さを感じることができる。ただ、それが症状の改善につながるかどうかは、頻度と期間と記録を確かなものにしなければ結論は出せない。しかし、わずかなものとはいえ心穏やかに過ごす時を持つことができるとは言えるだろう。
 
    私自身、ある大きな喪失により、15年間、気分障害を抱えて過ごしてきた。そして一番調子が良かったのが筋トレのパーソナルトレーニングをやった昨年の冬から今年の春の4ヶ月程だった。今はそれほどでもないと思うが気功や合気の世界ではかつて筋トレを嫌う人が多かった。りきむ癖がつくとか、精妙な動きができなくなるというのが理由だったと思う。一方、格闘技や筋トレをする人々は気功や合気を「イカサマ、インチキ、最弱」と嫌っていた。
 
   気功の側にいた私が筋トレで一番元気になったのは皮肉な話だ。いやいや、短絡しないで欲しい。筋トレ万歳ではない。この歳で筋トレすると、コンディショ二ングが難しく、腰痛などで調子を落としてしまう事も多かったのだ。だから私にちょうどいいジムに出会うまでは時間もお金もそれなりかかったのだ。そのジムはトレーニングの前後にストレッチや整体で疲労を回復しやすくさせ、障害が出ないようにする。
 
    筋トレはそれ自体が気分を高揚させる。ヘロヘロな状態でなんとかジムにたどり着いたような時でも、1セット終わると「まだまだ、もっとやれるぞ」という気になる。また、成果が出るのが早いので、日々身体が変わっていくのを鏡でみてさらにモチベーションが上がっていく。
 
   残念ながら、木の芽時に口唇ヘルペスになってそれ以降は低調なのだけれど。現在は軽い筋トレと合気と気功とストレッチを楽しんでいる。
 
だから私は思うのだ 
⚫︎毎日通っても安価なジムで
⚫︎ブライベートジムほどに手厚くその日の体調に合わせてプログラムを組んでトレーニングをし
⚫︎キチンとストレッチや整体やアロママッサージでコンディション二ングができる場所で
⚫︎悩みや困りごとの相談にも乗ってもらえる場所で
⚫︎筋トレだけでなく、気功・瞑想・太極拳・坐禅・ヨガ等のプログラムが選べ
⚫︎清潔な施設と充分な設備と感じのいいスタッフがいる
⚫︎うつ病の方のリワークの場所だが、一般の方も利用できるようにする
 
そんな場所が欲しいと。
こんな場所なら私が毎日使う。元気にならなきゃ嘘だ(笑) 前の記事で書いた3年以内に作りたい道場はこのためのものだ。こういう事のために私は気功と出会い、精神障害者福祉の仕事をし、自分が精神を病み、筋トレにであったのだと思うのだ。
 
加藤清 (精神科医) - 元国立京都病院精神科医長。
バウムテスト-被験者に樹木を描かせ、心理状態を判定するテスト
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こんな講師・先生・師匠は危険だ。

 

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  私には、武術の師匠がもうお一方いらっしゃる。お3人と共にする時間は私にとって貴重で日々新たな発見に胸踊るものがある。私は自分の師匠選びに満足している。しかし、世の中には、なぜこういう人が先生と呼ばれる立場なのだろうと疑問に感じさせる人が少なくない。そこで「こんな講師や先生や師匠は危険だ」というのをまとめてみた。合気や気功に限らず、起業セミナー、自己啓発、スピリチャルなセミナーの講師選びにも当てはまることがあると思う。読んでいただいている方のなんらかの参考になれば幸いである。

    全てにコメントしたいところだが、大変に長くなりそうなので幾つかを除いて項目だけとなっている。また、別のブログで取り上げる事もあるだろし、少しずつ書き加える事もしていきたいと考えている。
 
⚪️教える理論・技術がない 
   本来、武術は教えるものではない。戦国の世であればいつ自分が教えた技で命を取られかもしれない。平和な時代であっても、弟子が師を越えて、商売仇になってしまうかも知れない。だから、武田惣角植芝盛平合気道開祖,塩田剛三養神館館長といった武人としてのアイデンティティーの強い人々は、教えても肝心なことは教えないということだったのではないかと推察する。また、お3人とも武術の天才であるが、天才が必ずしも教えることに長けているかは別問題である。合気柔術では故人となられた岡本正剛先生が最も精妙な技を使われると思うのだが、精妙すぎて、習得できなかった弟子も少なくないのではないかと要らぬ心配をしてしまう。
    最小限の支出で最大のリターンを求める現代消費者である現代の弟子たちにはそれでは通用しない。教える理論と技術を持ち、弟子も技が使える様にならなければ、商売として成り立たないのである。・・・・のはずであるのだが、少年野球でコーチが「何やってんだ!しっかり取れ!」と罵倒している場面によくでくわす。教えるべきは、どうやればしっかり取れるかの技術であるにもかかわらずである。怒鳴りつけるだけでいいなら、私だってオリンピックの指導ができようというものだ。
 
⚪️威圧的な態度、口調で生徒を人間として尊重しない
     前述の教えるということをしないという事に輪をかけて問題なのが、関わると生徒の心を壊してしまう様な「先生」達である。先の野球コーチのように、罵倒が習い性になっているひともいれば、罵倒、批判、人格否定がテクニックになっている例もある。自己啓発系のあるセミナーで用いられるテクニックは、映画「フルメタルジャケット」や「愛と青春の旅立ち」に描かれたそれである。大勢の前で、徹底した人格攻撃を行い、日常の価値観に揺さぶりをかけ、肉体的にも高い負荷をかけ、下劣な物言いと敵への憎しみを刷り込んでいく。そして殺人マシーンへと仕立て上げていく。自己啓発セミナーでは主催者に都合のいい「ポジティブシンキング」を洗脳されたり、セミナーへの崇拝者、依存者へと作り上げられたりするのである。そして、課題に「この次のセミナーでは新規参加者を5人連れてきて、生まれ変わった自分を証明しよう」などというのが出てくる。集金マシーンや宣伝マンとなり自分が加害者になってしまう。よくできている。気がつかれたと思うがブラック会社やカルトのやり方もこれである。
 
    これにはまると、お金だけでなく、心も深く傷を負わされる。失ったお金は元気であれば、がん張って稼いでいけばいいが、心に傷を得ると、頑張ることができなくなってしまう。復帰までものすごく時間がかかったり、一生を台無しにされたりすることもあるだろう。
 
     なにか、パワハラめいたものを感じたら、絶対にそういう団体や「先生」に近づいてはいけない。
 
⚪️自団体は以外は全てダメと言い切る。他団体に関しては悪口しか言わない。
⚪️料金が高すぎる 。料金が明示していない。
⚪️これにかければ自分の人生がかわるかもと思い詰めらせる。
⚪️自分の能力を過剰にアピールしすぎる。自分を神秘化する。
⚪️数日のセミナーやワークショップに出ただけなのに、高名な師匠の直弟子や直伝と自称する。
⚪️自分の稽古を受ければビジネスに成功するなどという。
⚪️ユーモアが全くない。
⚪️相性が合わない。
 
他分野であるが、スポーツにおいて技術も教える理論も兼ね備えて一流なのはこの人だと思う。

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第2の師匠は気は優しくて力持ち 金太郎かな

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 いくら私が時間の融通が利く立場であると言っても鈴木師匠の稽古は6時で終わってしまうので平日にはうけられない。そこで、平日に通っているのが昭島に道場を構える「やわらぎ道」である。館長は石森義夫先生。鈴木師匠のお弟子だから私にとっては偉大な兄弟子である。背が高く体格にも恵まれていらしゃる。道場はキックボクシングと合気を教えるというユニークな形をとっている。私はキックに興味がないが、キックも合気もやりたい人にとってはかなりありがたい場所だ。

 
    実は、私の野望の一つに合気柔術を習得したのちに、合気道を学んで、植芝盛平塩田剛三の合気を復活させたいというのがある。合気会や養神会の方々に鼻で笑われると思うが、言うだけなら自由である。ところが、私がやるまでもなかった。石森先生は富木流合気道大東流合気柔術を一心館道場でも習得なさっているのだ。つまり、合気が自在に使える合気道家がここにいたわけである。おかげで私は野望の一つから解放されて安心して石森先生に稽古をつけてもらえばよくなった。ありがたいことである。 
 
    月謝が良心的なのもうれしい。週に1回通う人ならば3千円である。合気だけでも週に3回設定されているから月12回通って、これまたびっくりの5千円である。「もうちょと、お金に執着してもいいんじゃないですか?」と問うと先生は「欲はあるんですけどねえ。」と苦笑いされている。
 
     石森師匠は褒めて育てるタイプだが、道場の先輩Sさんは、リラックスした身体でなかなか技がかからない。加えて辛口で中々OKをだしてくれない。この人からOKをだしてもらえればかなり技が正確になった証拠だ。様々なタイプの方がいることが道場という場所の強みだ。みんな粘り強く優しく丁寧に教えてくれるから女子も全く習うのに問題ない。願わくば、もう少し近くにあると私には通いやすいのだが、仕事で疲れた後も頑張っていくと、帰り道は笑顔だ。
 

第一の師匠は心優しいスピリチャル系

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   私の合気柔術の第一の師匠は千歳烏山にお住まいの鈴木信幸氏である。カイロプラクティショナーで中医学の整体師でもある。70歳を超えていらっしゃるが、横への開脚でペターと両脚が床についてしまうような柔軟なお身体をお持ちだ。この柔軟にはエピソードがある。先生は60代に前立腺肥大になってしまった。医者によると根治させるには手術で切除するしかないという。身体は必要があってそれぞれの器官があるのだと信ずる先生は手術を拒否して自分で治すことを決心する。老化が引き起こした病なのだから老化したところを元に戻せばいいと開脚を始めることにした。道具も何もいらない。テレビを見ながら毎日何時間も開脚を練習した。そして半年後に両脚がペタと床につくようになり、前立腺肥大も治ってしまったというのだ。

 
    気功や合気への関わりは20年以上前に西野流呼吸法から始めている。由美かおる金井克子を輩出した西野皓三氏が創始した気功をアレンジした健康法である。西野氏は空手の猛者達を触れることなく気で吹っ飛ばすなどと宣伝していて随分叩かれたものだ。
 
  その後、大東流合気柔術を堀川幸道のお弟子である小川忠男師範の下で研鑽を積む。数年で習得してしまい。指導者となる。しかしグループ指導ではなかなか上達しないことから指導を全てマンツーマンとする。
 
   その、マンツーマンの稽古は1時間半で指導料は驚くなかれ、2000円である。2万円ではない2千円なのだ。というのも、通常、筋トレでも格闘技でもプライベートレッスンであれば、60分5000円から1万円は普通であり、妥当なところだ。それが2000円なのだから、なんとも良心的と言うべきか徳がおありというかとにかく破格である。「どうしてこんなにお安く設定していらっしゃるのですか?」と問うと「高くしちゃうと普通の方ではなかなか稽古する事が出来なくなりますから」というお答えだった。
 
    とにかく、鈴木師匠は教える気マンマンだ。ストレッチにたっぷり30分かけた後、合気上げから始まって、5つから7つぐらいの技を順々に稽古していく。教えのポイントは2つ。相手の力を感じなくなるほど、こちらの抵抗感をなくしてしまうこと。言いかえればこちらの緩みを相手に伝える事となる。もう一つは、腕に気を通す事である。私は現在この2つのポイントを以下のように理解している。この2つは同じ事柄の2つの側面と言っていいだろう。気の通っている腕はリラックスしているのであり、リラックスしていないと気は通らない。また、相手の力をこちらが抵抗することなく受け入れる事は受動的側面であり、腕に気を通して相手を崩すのは同じ現象の主体的側面である。
 
 「気で雲は消すことができるよ。」と私にとっては突拍子もないことを仰る先生であるが、合気柔術については極めて現実的な見解をお持ちである。「合気柔術ができることと、格闘的に強いかどうかは関係ない」とおっしゃる。柔道や空手やましてや総合格闘技の中で日々戦い方を工夫している人々に合気柔術一本で勝てるわけがない。私もそのご意見に賛成だ。格闘技において合気柔術に勝機があるとしたら、相手と同種の競技において同等の競技力を持った上での話だ。あるいは、総合格闘技の中で合気柔術ができることとは何か(何もできないかもしれない)を徹底的に研究した人のみだろう。
   
 鈴木先生は何しろ優しい。先日私がうっかり、日にちを勘違いして休んでしまい。お詫びのメールを差し上げたところ、間違いは誰でもあること、何か事故があったのではなくてよかった。稽古代は結構ですとお返事があった。私のミスによる無断欠席なのにである。本当に何という方だろうと感激してしまった。
 
 
 
 
 
 
 

これでできる。合気下げ!

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   「あなたは気が強いから、合気下げは簡単なはずだよ」という師匠の言葉に励まされて師匠に合気下げを試みる。何度やっても師匠がビクともしないのに心折れそうになる。師匠が「肩と二の腕にもの凄く力が入っている。」とアドバイスを下さる。力んではいけない、百も承知のはずだが一つ一つの技でこの事を一からやり直さなければならない。トホホ。

 
    それならばと、つかまれてない方の手のひらで自分の二の腕を優しく包み込むように触って力みを取ろうとした。そうやって包んだまま、師匠に試みると、あらっという感じで簡単に師匠が前のめりになった。「そうそう、そうだよ」という師匠の声にかぶせるように何度も試みる。本当に手ごたえがないくらいにあっさりうまくいく。「簡単ですね。」「簡単なんですよ。」と師匠がニヤリとする。
 
    喜び勇んで、兄弟子先生の道場にいって試みる。何とかかかりはするが、師匠の時のような「手ごたえがない」という手ごたえがないのだ。ゴツゴツ相手の抵抗を感じる。そして相手に真横に立ってもらうという、より難易度の高いやりかたでやってみると、またしても、膠着状態であり。せっかくできたと思ったらこのザマである。あ〜あ。
 
    見かねた兄弟子先生が、「師匠はね。こうやって肩から動くんだよ」と肩をすっと下げていく。それならばと試してみると、掛かる掛かる。面白いようにかかる。
 
    要領をまとめてみよう。相手につかまれたところを力まないのは言うまでもない。接触点が力んだり、そこから動きを開始するとたちまち相手に悟られ阻止される。接触点だけでなく、腕、二の腕、肩ともにリラックスさせるのだ。そして肩をすっと落とすことで動きを開始し、指先に多少の張りをもたせて真下へ降ろす。これで上手くいくはずだ。これが私の掴んだ合気下げである。ぜひ、お試しあれ。

合気下げ こうするとできない。

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 合気上げの方向を下にすれば合気下げという事になる。しかし、私の感覚では合気上げより、はるかに難易度は高かった。相手に自分の片手の手首を握ってもらい、下にさがらないように頑張ってもらう。これを合気を用いて手を下ろし、相手の重心をを前のめりに倒せたら、この技ができたという事だ。

 
   もちろん、腕に力を入れて下に引っ張ってもよほど腕力の違いがない限り動かない。ではと、肩の力で降ろそうとしても阻止される。合気は全身の力だとばかり腕に自分の体重をかけるようにしてもうまくいかない。全く万策尽き果ててしまった。
 
    合気下げのコツは実は全く簡単な事だった。
次回へ続く。←ずるい!
 
写真は合気練体会の有吉先生です。吉丸慶雪のお弟子さんです。
 
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